採用の個別最適化がもたらす劇的な変化とは
人材研究所代表曽和利光氏へのインタビューでパーソナライズドリクルーティングの戦略を語っていただきました。
インタビュー
曽和利光株式会社人材研究所代表取締役社長。
1971年、愛知県豊田市出身。灘高等学校を経て1990年に京都大学教育学部に入学、1995年に同学部教育心理学科を卒業。
株式会社リクルートで人事採用部門を担当、最終的にはゼネラルマネージャーとして活動したのち、株式会社オープンハウス、ライフネット生命保険株式会社など多種の業界で人事を担当。
「組織」や「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法が特徴とされる。2011年に株式会社人材研究所を設立、代表取締役社長に就任。
企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を越える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開する。
はじめに:「伏線型」から「パーソナライズド」へ
「パーソナライズドリクルーティングは、伏線型採用のさらに進化したバージョンです」
人材研究所代表の曽和利光氏は、新しい採用手法についてこう定義する。かつて企業の採用活動といえば、大量の応募者に対して画一的な選考プロセスを適用し、その中から自社に合う人材を選び出すという方法が主流だった。しかし今、その常識は大きく変わろうとしている。候補者一人ひとりの特性や志向に合わせて、選考プロセスやコミュニケーションを柔軟に変えていく「個別最適化」の時代が到来したのだ。
この変化を可能にしたのは、採用管理システム(ATS)の進化である。かつては手作業で行っていた複雑な候補者管理が、テクノロジーの力で効率的に実現できるようになった。企業は一人ひとりの候補者に対して、最適な体験を提供できるようになり、「動機をつくる」ことを前提に採用設計を行う企業が増えている。
2020年代に入り、採用市場は大きな転換期を迎えている。労働人口の減少に加え、IT・Web業界の急成長により、有望な学生を早期に囲い込もうとする企業が急増。ナビ依存型から脱却し、スカウトや逆求人を積極活用する企業が増えている。
「従来の“待っていれば来る”採用は通用しなくなっています。企業の方から出向いて接点をつくることが当たり前の時代です」
とはいえ、スカウトで出会った学生はまだ情報が浅く、志望度も低いことが多い。その状態で従来と同じ面接フローを適用してしまうと、動機形成される前に辞退されてしまうリスクが高い。だからこそ、出会い方に応じて選考体験を分岐・最適化していくことが不可欠なのだ。
また、学生側の変化として「企業選定の軸の多様化」も見逃せない。給与や待遇だけでなく、カルチャーや働く人の人柄、社会的意義など、意思決定における観点が広がっている。企業には、そうした観点での情報提供と信頼関係づくりが求められている。
本稿では、リクルートで15年にわたり採用の最前線に立ち続け、数々の革新的な採用手法を生み出してきた曽和氏が、なぜ今「パーソナライズドリクルーティング」が必要なのか、そしてそれが企業の採用活動にもたらす劇的なインパクトについて語った内容をお届けする。
リクルート時代に芽生えた「個別最適」の原点
1995年、曽和氏が新卒でリクルートに入社した当時、同社はバブル崩壊後の経済低迷期にあり、かつての勢いを失っていた。リクルート事件の記憶も生々しく、社会的な信頼も大きく損なわれていた時代だ。
「当時は、親御さんから“うちの息子に手を出すな”と電話口で言われるような状況でした」
こうした逆風のなかで、曽和氏は“企業ブランドに頼らず、いかにして学生にリクルートの魅力を届けるか”という命題に向き合うことになった。その答えとして実践したのが、「学生一人ひとりに合わせた伝え方」の工夫だった。
同じ会社であっても、伝える順序や強調するメッセージを変えることで、相手の関心を惹きつけられる。ある学生には「成長機会の豊富さ」を、また別の学生には「自由な社風」を前面に出す。このスタイルは、今で言う「パーソナライズドリクルーティング」の原型である。
さらにこの経験を通じて、採用は「選ぶ」のではなく「動機をつくる」ことだという確信に至ったという。相手の視点に立ち、どう伝えれば納得してもらえるかを考え抜く。画一的なプロセスではなく、“相手軸”で設計する発想が、曽和氏の採用観の土台となっている。
伏線型採用が生まれた背景
リクルートが変革の只中にあった2000年代初頭、紙媒体からWebへの移行、新規事業とM&Aの加速、グローバル展開など、企業の在り方自体が大きく変わりつつあった。
「営業だけできればよかった時代から、エンジニアや金融・法務のプロフェッショナルまで、多様な人材が求められるようになりました」
多様な人材を採用するには、従来の“全員に同じ説明会・同じ選考フロー”では限界がある。そこで曽和氏が実践したのが「伏線型採用」だった。
営業職志望者、新規事業志向の学生、グローバル展開に関心を持つ候補者──それぞれに異なる訴求ポイントを用意し、出会い方から説明会、面接官の選定、評価基準までを分岐・設計した。
この考え方は、その後の「パーソナライズドリクルーティング」の布石となり、リクルート以外の多くの企業にも広がっていく。
なぜ今、パーソナライズドリクルーティングなのか
2020年代、採用市場は劇的な転換を遂げている。従来のように「応募を待つ」スタイルでは、もはや優秀な人材を獲得できない状況が生まれているのだ。企業の採用意欲は高まる一方、少子化の影響で学生数は減少。しかも候補者の企業選びの基準も、かつてのような条件面重視から「人」「意義」「文化」へと大きく変化してきている。
「いま、採用は“オーディション型”から“スカウト型”へと移行しています。待っていれば応募が来る時代ではない。企業側が候補者のもとに出向き、接点を設計しなければならないのです」
スカウト型の採用では、候補者の志望度が必ずしも高いわけではない。そのため、出会いの文脈に応じて説明やフローを変える「個別最適化」の考え方が極めて重要になる。たとえば、情報が浅い状態の候補者に対して、いきなり志望動機を求めたり、難度の高い面接を課すのは逆効果だ。段階的に関係性を築きながら、理解と志望度を高めていくプロセスが求められている。
この文脈で、職種別採用や通年採用といった新しいトレンドとも親和性が高い。キャリア教育の浸透により、学生は「何をしたいか」「どんな価値観で働きたいか」を明確に言語化できるようになっている。にもかかわらず、企業側が従来通りの総合職採用・一律フローを提供し続けていると、ミスマッチは加速する。
こうした状況において、パーソナライズドリクルーティングの実践は単なる選択肢ではなく、「採用成功の前提条件」となりつつある。候補者一人ひとりに合わせた体験設計を、どれだけシステムとして運用できるかが、採用競争力を左右する時代に突入しているのだ。
採用ポートフォリオ:パーソナライズドの出発点
パーソナライズドリクルーティングを実現するには、まず“どんな人材を、どれくらい、なぜ採用するのか”を具体的に設計する必要がある。単なる採用人数の計画ではなく、その内訳──期待される役割や将来的なキャリアパス──までを構造的に描く「採用ポートフォリオ」の発想が出発点だ。
「営業30人採用と言っても、全員が同じ営業タイプである必要はありません。将来マネージャーになる人材もいれば、成果を出すプレイヤータイプも必要。役割を分けて採ることで、組織は強くなります」
採用活動では往々にして、直近の現場の声に引っ張られて「目の前のポジション」に最適化した人材ばかりを求めがちだ。しかし、採用とは“未来を見据えた投資”であり、2年後・3年後の成長を支える多様な人材を織り交ぜることが重要である。
この段階で不可欠なのが、人材要件・人物像・採用基準の明確な整理だ。たとえば「論理的思考力がある人」は“要件”であり、「課題に自分なりの方法で取り組む粘り強い学生」は“人物像”であり、「グループワークで自分の意見を持ちつつ他者に配慮できたか」は“基準”である。
「何でもできる丸い人ではなく、尖っていてもコアが強い人を採るべき。そのためには、採用基準はできるだけ少なく絞り込み、“これは絶対に必要”な要素だけにすべきです」
求める人材像を明文化し、必要な基準を最小化することで、むしろ“個性的な人”が活躍できる組織になる。ここでも「一律」ではなく「個別最適」がカギとなるのだ。
実践例:ある企業での劇的な成果
理論だけでなく、実際にこの考え方を導入して大きな成果を上げた企業もある。曽和氏が支援したあるプロジェクトでは、その企業特有の社風や人材タイプをもとに、徹底的に選考設計を見直した。
「まず、その会社の社風や人材タイプを分類しました。“社長タイプ”“部長タイプ”などをモデル化して、それに合った候補者に適した選考を設計しました」
特に注力したのは、面接官と候補者のタイプマッチングだ。たとえば「内向的で共感を重視するタイプ」の候補者に対して、「圧の強い面接官」を当ててしまうと、心理的なミスマッチによって辞退につながるリスクがある。そこで、候補者の特性に合わせた面接官をアサインし、安心感や共感を育む接点を意図的に設計した。
この取り組みによって、一次面接通過者の二次面接参加率が50%からほぼ100%へと大幅に改善されたという。
「つまり、母集団を半分にしても、同じ採用成果が得られるということ。採用の生産性は2倍になったと言えます」
ただし、この仕組みを候補者に“仕掛け”として明示することは逆効果になる恐れもある。あくまで自然な流れの中で、「この会社の人たちとは相性が良さそうだ」と感じてもらうことが重要だ。
「パーソナライズドリクルーティングは、“意図を持った偶然”を演出することが肝心です」
デジタル時代のパーソナライズド戦略
採用活動の現場において、デジタル技術を活用した情報提供の重要性は年々増している。特にZ世代の学生は、効率を重視し、自分にとって価値のある情報を素早く得たいという傾向が強い。
「今の学生たちは、タイパ(タイムパフォーマンス)を非常に重視します。オンラインセミナーでも、リアルタイムで参加せず、アーカイブを倍速で観る人が増えています」
こうした行動特性に合わせて、企業も柔軟に変化する必要がある。たとえば、説明会をすべてリアルで実施するのではなく、複数パターンの動画を事前に用意し、興味関心や職種志向に応じて候補者に届けるといった工夫が求められる。
営業職を志望する候補者には、現場で活躍する社員のインタビュー動画を。エンジニア志望者には、開発環境や技術文化を紹介する動画を。こうしたパーソナライズされたコンテンツ配信により、候補者は自分に関係のある情報をストレスなく受け取ることができ、企業への理解と志望度が自然と高まっていく。
「採用担当者が同じ説明を100回するのではなく、“100通りの説明”を用意するのが、これからの時代の当たり前です」
さらに、動画などのデジタルコンテンツは、採用担当者の働き方改革にも寄与する。同じ説明を何度も繰り返す必要がなくなれば、候補者との個別対応や戦略設計により多くの時間を割けるようになる。
デジタル化とは、単なる省力化ではない。パーソナライズドを支える“仕組み”として、より深いコミュニケーションを可能にするインフラなのだ。
システム化とモニタリングの重要性
パーソナライズドリクルーティングを全社的に、かつ継続的に実践するには「属人性」からの脱却が不可欠だ。個々の担当者に任せた運用では、設計思想が形骸化しやすく、再現性のある成功体験にはつながらない。
「誰が担当しても同じ品質で運用できる“仕組み”が必要です。そのために、採用管理システムの活用が欠かせません」
ここでいう仕組みとは、単なるタスク管理ではない。プロセスごとの歩留まり、日次での定量チェック、課題の早期特定と対策──それらを当たり前に回せる状態のことだ。
たとえば、プレエントリーから受験までの通過率、面接の通過率、辞退率、内定承諾率といった各種KPIを“リアルタイム”で確認する。これにより、異変の兆候を即座に察知し、軌道修正をかけることが可能になる。
「2週間後に“辞退が多かった”と気づいても遅いんです。翌日気づいて手を打つことが、歩留まり改善の決め手になります」
加えて、モニタリングと並行して“シミュレーション”も行うべきだ。現状の通過率で進行した場合、内定承諾まで何名に届くか。その見通しと現状との乖離が、施策修正の判断材料になる。
このような“科学的な管理”を可能にするのが、採用管理システム(ATS)である。人的な属人性を排し、採用というプロセスを誰でも再現可能なオペレーションへと昇華させること。それこそが、パーソナライズドリクルーティング成功の土台となる。
中小企業こそ取り組むべき理由
「大手企業がパーソナライズドリクルーティングを実践しているなら、採用力で劣る中小企業は、なおさらそれ以上の工夫が必要です」
──曽和氏は中小企業の経営者に向け、こう警鐘を鳴らす。
実際、中小企業には大企業にはない強みがある。組織規模が小さいからこそ、候補者一人ひとりと丁寧に向き合いやすく、経営者自身が採用に関わることも可能だ。これは、動機形成や信頼醸成において極めて大きなアドバンテージとなる。
「知名度がないなら、そのぶん個別対応の丁寧さで勝負するしかありません。それができるのが、中小企業の強みでもあるんです」
まず中小企業が取り組むべきは、配属先や仕事内容、上司やカルチャーといった“リアルな入社後像”を明確に提示するジョブ型採用だ。これにより、候補者は自身の将来像を具体的に描きやすくなる。
また、「受け身の採用」から「攻めの採用」への転換も欠かせない。求人広告を出すだけではなく、スカウト型のサービスを使って候補者に直接アプローチする。大学や研究室と関係を築く。社員の人脈を活用する。あらゆるチャネルを活用し、自社が本当に会いたい人材に能動的に近づくべきだ。
「“うちは知名度がないから…”と嘆く前に、“だからこそ何ができるか”を考える。それが、今の採用戦略には求められています」
適性検査とRJP:科学的アプローチの実践
パーソナライズドリクルーティングをより高度に実践するうえで、欠かせないのが「科学的なアプローチ」だ。その中心にあるのが、適性検査とRJP(Realistic Job Preview)の活用である。
「“この候補者は○○タイプだろう”という勘に頼らず、適性検査で科学的にタイプを把握すべきです」
たとえば、自己主張が強く競争心が高い候補者には「目標達成の自由度が高い職場環境」を強調し、協調性が高く安定志向の候補者には「支え合う文化」や「長期的な成長環境」を伝えるといった具合だ。タイプに応じて訴求軸や面接官のタイプすら変えることで、マッチング精度が格段に上がる。
また、面接官と候補者のタイプマッチングにも活用できる。論理的思考を重視する候補者には理知的な面接官を、共感を重視する候補者には感情のやり取りが得意な面接官を配置する。これにより、面接そのものの納得度も高まり、内定承諾率の向上にも直結する。
一方で、RJPの運用には“タイミング”が極めて重要だ。
「いきなり“うちの会社は大変です”と言っても、候補者は興味を持ってくれません。まずは関係性を築いたあと、段階的に現実も伝える──この順序が大切です」
採用活動は「恋愛や結婚と似ている」と曽和氏は語る。最初に弱みをさらけ出せば関係は深まらない。しかし、信頼が醸成された後であれば、困難すら一緒に乗り越える意志が育つ。科学的データと感情の機微──その両輪を踏まえた設計が、成功の鍵となる。
成功の測定:内定承諾率という究極の指標
パーソナライズドリクルーティングの効果を測る上で、最も信頼すべき指標は「内定承諾率」だと曽和氏は言い切る。
「満足度アンケートよりも、“何人が実際に承諾したか”を見た方が、はるかに実態を捉えています」
説明会の参加者数や面接の通過率などはもちろん重要だが、最終的にどれだけの候補者が内定を承諾したかが最も確かな成果だ。説明会でどれだけ良い感想が出ても、承諾率が低ければ設計は失敗している。
この考え方は、採用全体の“投資対効果”を測るうえでも重要となる。セミナー参加者200名から1人しか内定承諾が出なかったのであれば、その施策の効果は「0.5%」と割り切って考えなければならない。あらゆる採用施策を定量的に評価し、限られた資源を高効率なアプローチに集中投下していく──そのサイクルが、組織全体の採用力を底上げしていく鍵になる。
「パーソナライズドリクルーティングを成功させるには、勘や経験ではなく、冷静な数値分析が不可欠です。特に“承諾”という明確な行動データこそ、最大の成果指標になります」
おわりに:採用の未来は「個」の時代へ
パーソナライズドリクルーティングは、単なる選考手法の刷新にとどまらない。それは「企業と人材の関係性」の再定義でもある。
これまでは、応募してくる大量の候補者に一律のフローを適用し、効率よくふるいにかけることが主流だった。しかし今は、候補者一人ひとりの志向や価値観、キャリア観に寄り添いながら、丁寧に関係性を築いていく時代だ。企業が「個」をどう見て、どう接するかが、採用の成果に直結するようになっている。
「まずは小さく始めて、試行錯誤を繰り返せばいい。大事なのは、“採用は設計できる”という意識を持つことです」
変化のスピードが加速し、不確実性が高まる現代。どんな組織も、画一的な採用では未来をつくれない。だからこそ、一人ひとりと向き合う「パーソナライズド」な視点こそが、これからの採用の本質であり、企業の成長に直結する鍵となるのだ。



